ラズベリーパイ


「ねえ。宇宙ってラズベリーの匂いがするんだって」
 アイアントが眠そうな目でぼくを見た。どうぞ続けてと言うように、彼の触角が左右に振れる。ぼくは鉛筆を放り出して、床にごろんと転がった。この辺りだったかな。頭の上の辺りを手で探って、指に触れた紙束から一枚引き抜く。手に取ったのは何度も何度も消しては書いて、よれよれでくたくたになったぼくが初めて描いた設計図。四隅はグラファイトが擦れて真っ黒だ。
「とっておきのラズベリーパイ。これをのせて、宇宙から見下ろしたらきっと見つかる」
 隣に寄り添ってくれる彼がなんと心強いことか。彼の硬い身体をそっと抱き寄せる。ひんやりと冷たい。ぼくの体温がじわじわと彼に移っていく。暑いのが苦手なのに、嫌がらずにいてくれる。
「ノボリはもう、宇宙の匂いをしっているかもね。意外と食いしん坊だから」
 触角が頷くように上下に揺れた。すっかり人肌に温まった彼を解放して、勢いよく起き上がる。ううんと大きく身体を伸ばす。
「さて! 明日もお仕事頑張らないとね!」
 床に積んである紙束の一番上にそっと設計図を置いて立ち上がる。この部屋も少し片付けなくちゃ。足の踏み場もない。仕事終わりに描いていた小型ロケットの設計図は、いつの間にか床を埋め尽くしていた。
 
 とっておきのロケットにとっておきのパイをのせて、雲の上、きらめく星の中からじっと地上を見つめたら、いつかきっとノボリが見つかる。その身体をぎゅっと抱きしめたら、泣いちゃうくらい柔らかくて、頬が火照っちゃうくらいあたたかいんだろうと思う。きっと甘酸っぱくて、美味しそうで、懐かしい匂いがするんだろうと思う。そんなことを考えながら、埃っぽい自室を後にした。